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7月9日、緑寿園に縁をいただき、この一年の間になくなられた皆様のご供養をさせていただきます。
昭和57年緑寿園開設7周年目から始まりました。今年は24回目の供養祭です。
緑寿園は、高年齢になられた方々が少しでも満足してご自身の人生の終末期を創っていただきたいと願いながら日々の仕事を大切にしています。
高齢者の方々は、お一人おひとりの人生の長い歩みの物語をもっていらっしゃいます。私たちに触れさせていただけるのはその極僅かですが、ご自身の人生の終末期という一番大切なときをご一緒させていただきます。もちろん、お心のうちは深くはわかりませんが、触れさせていただくお身体を通して、また交わさせていただく言葉の一端に伝えていただける人生の物語は有り難いものです。それは若い職人の感性に触れて新しい人材を育てていただきます。長い人生を一本の線にあらわしてみますと、光っていたり、くすんでいたり太かったり細かったりよじれていたり、新しい生命に繋いでいったりしています。しかし、いま終末を迎えられ、ご自身の人生を閉じられています。最も大切な時期をご一緒させていただいたことを心から感謝して供養させていただきます。 |
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92歳で母が亡くなって、8ヶ月が経ちました。不思議な事に、母がいつも私の傍らに居てくれる様な感覚があるのです。私の弟も、その様な感じがしていると言います。母が脳梗塞で突然倒れたのが85歳でした。左半身不随となり、自分の意志で動かせるのは右手のみの状態で、在宅療養生活が始まりました。介護の中心となって、義理妹が献身的に差配をしてくれました。食事作りとその介助、排泄の世話、清拭、洗濯、介護保険サービスで出入りする方々への応対、事務的諸般雑務等の一切の取り仕切りをしてくれました。
私は、実家に通って弟と二人で補助として手伝いました。母は、度々「ありがとう」と言いました。礼を言うのにも毅然としていて、又、お世辞も織り交ぜるので、時々噴出してしまうほどでした。健康的な時には見る事のなかった母の一面でした。世話の受け方が上手だったと思います。平成15年2月より、緑寿園に入所してお世話になりました。母の相手をする為に、義妹、弟、私が交代で通いました。園の皆様の温かい介護を受けながら1年9ヶ月を過ごして、母は天に召されました。7年間の闘病生活の中で、母は無言の中にいろいろな事を教えてくれました。今、唯々感謝の気持ちで一杯です。最期の最後まで、緑寿園の皆様には大変お世話になりました。ありがとうございました。 |
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仏教の言葉に「回向返照」というのがあります。「えこうへんしょう」と読みます。回向とは、意味はいろいろありますが、ここでは故人の冥福菩提を祈ることです。返照とは、仏やご先祖・故人に手を合わせ、心を向け、拝んだときに、同時に仏より光を返されて拝んだ自分が照らされるということです。
ですから、仏や先祖を拝むということはその光に照らされて明らかになる自分の本当の姿(いのち)をみつめることになるのです。その自己のいのちは、一瞬もとどまらず変わっていくものであり<無常>、また我というものは我だけで成立しているものではないのです。他のいのち(食べ物)・空気などあらゆる「はたらき」に生かされ、ご先祖のそのまた先のはるか遠くのいのちにつながって我といういのちがあるのです<無我>。そう思えたときに感謝の心が生じてくるのです。
まもなくお盆の時を迎えます。園でも供養祭があります。供養するということは、同時に仏やご先祖、故人の光に照らされ明らかになった自己の生き方をみつめ、その闇を反省することでもあります。もしかしたら生まれなかったかもしれないこのいのちや出会いを有り難く受けとめながら。合掌 |