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ポートレート 施設長 阿 壽子 |
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鏡台の脇に飾った写真がこちらを向いてほほえんでいる。私は、その前に立つ度に挨拶をしたり、愚痴をこぼしたりしている。欧州のどこなのか、どんな風が頬を撫でていたのか、大理石の建物をバックに二人は目を細めこちらを向いている。父が亡くなってしばらくして母とアルバムを整理していた際にもらい受けたこの「ポートレート」。
紺の花柄のオーバーブラウスが良く似合う母と、麻の上着を羽織りその右手を母の右肩に添えている父は、今の私たち夫婦よりはずっと年を重ねているよう見える。二人は異国を旅する度に、珍しい素敵なお土産を選んで届けてくれていた。鏡台の引き出しには、プレゼントされてから未だデビューすることのなかった深紅のベネチアンビーズのネックレスが、薄い紙に包まれたままになっている。
前ばかり見て走りながらの毎日に一休止を打ち、そろそろめかし込んでこのベネチアンネックレスで襟元を飾り出掛けてみたいと思っている。そしてこれからは振り返ることや周囲を眺めることを楽しみながら、この「ポートレート」の中の二人のように、夫婦二人の時間を楽しみ、愛しい者たちがそばに居てくれる幸せも味わっていきたい。また折に触れ集まってくれる子供たち、孫たち、甥、姪に「幸せ」を手渡していきたいと思っている。
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